カッパドキアの奇岩群はどうやってできた?自然の神秘と地下都市の謎【トルコ世界遺産】

カッパドキアの奇岩群はどうやってできた?自然の神秘と地下都市の謎


TBSのテレビ番組「世界遺産」で放送されたトルコの大奇岩地帯「カッパドキア」。

奇岩群で有名な「カッパドキア」ですがどうやってできたのかとても不思議ですよね~。

なんと!「カッパドキア」の奇岩のでき方がこれまでに考えられていたことと違うことが最近になって判明したんだとか!!!

というわけで、「カッパドキア」の奇岩群のでき方とその見どころをまとめましたのでご紹介したいと思います。


トルコの世界遺産「カッパドキア」について

トルコの世界遺産カッパドキアの場所(地図)

トルコの世界遺産「カッパドキア」の場所は上記の通り。

トルコの中央アナトリアの歴史的地域、あるいはアンカラの南東にあるアナトリア高原の火山によってできた大地が「カッパドキア」です。

奇岩群で有名な「カッパドキア」ですが、その奇岩群はどうやってできたのでしょうか?

カッパドキアの奇岩群のでき方は?どうやってできたの?

カッパドキアの奇岩群はどうやってできたのか?

簡単に言うと「火山の噴火」と「雨風による浸食」でこのような奇妙な形が作り出されました

岩がキノコのような形に浸食された理由に関しては、これまで岩の上部と下部がそれぞれ固さが違う岩(「下:凝灰岩」「上:玄武岩」)で出来ているためと思われていました。

が、

最近そうではなかったことがわかりました。

奇岩の下の部分と上の部分はいずれも「凝灰岩」でできていたのです。

【補足】
* 凝灰岩・・・火山灰や火山砂が固まったもの(柔らかい)
* 玄武岩・・・溶岩が固まったもの(固い)
これまで【誤】
・奇岩の下の部分:凝灰岩
・奇岩の上の部分:玄武岩

→「凝灰岩」と「玄武岩」は固さが違うのでキノコのような形に浸食されていった。
→そうではないことが最近わかる。

最近わかった事【正】
・奇岩の下の部分と上の部分はいずれも「凝灰岩」
→上と下の「凝灰岩」では作られた時代と環境が異なる

それでは、どうしてキノコのような形に岩が浸食されていったのか?

最近判明した「奇岩の謎」について、2019/09/17放送のTBSテレビ番組「世界遺産」では以下のように語られていました。

カッパドキアの奇岩のでき方
【最近分かったこと】
・奇岩の下の部分と上の部分はいずれも「凝灰岩」
・上と下の「凝灰岩」では作られた時代と環境が異なる
・奇岩上部の色の濃い部分は藻類が覆っている

【カッパドキアの奇岩のでき方】
・かつてカッパドキアには川や湿地があった
・火山の噴火により、火山灰を含む高温の火砕流が湿地に体積
・火砕流で熱せられた水に、火山灰から「シリカ(石英の成分)」が溶け出す
・それが再び冷え固まると岩の強度が増す→比較的固い「凝灰岩」となる

【イメージ図】
カッパドキアの奇岩はどうやってできたのか?そのでき方解説

【補足】
石英とは、二酸化珪素(けいそ)を成分とし、ガラスのようなつやがある鉱物。陶器・ガラスの原料にする。水晶はその純粋なもの。

カッパドキアの地下都市の謎

カッパドキアは奇岩群の他に「地下都市」でも有名です。

カッパドキアの地下都市とは?

カッパドキア地方には地下の居住跡が250ほどあり、そのほとんどは2~3家族用なんだとか。

ただ、居住跡の中には地下3階以上の規模の大構造物も40ほどあってそれらが「地下都市」と呼ばれています。

これまでは、1963年に発見され2000家族(約一万人)が住める規模の広さを誇る「デリンクユ」の地下都市がカッパドキア最大とされていました。

が。

2014年の終わりに、デリンクユの北29キロにあるカッパドキアの県庁所在地ネブシェヒル市でデリユンクよりもさらに大きな地下都市が発見されたというからビックリです!

カッパドキアの地下都市は何のために作られた?

カッパドキアの地下都市および地下トンネルは「いつ誰が何のために作ったのか?」という謎に対してはとザックリと「キリスト教徒が迫害を逃れるために作った」と説明されることが多いです。

が、その説は複数あります。

デリンクユを誰が最初に作ったのかは意見が一致していません。

ただ、初期のキリスト教徒がイスラム教徒のウマイヤ朝(661年 – 750年)やアッパース朝(750年 – 1517年)の迫害から逃れるためにトンネルを利用していたとされます。

その後、支配者が変わるたびにトンネルの用途は変化し、シェルターとしての必要性は薄れ、トンネルの利用は減り、冷暗所や地下の納屋として使われるようになったりも。

2世紀から3世紀のローマのキリスト教迫害の時や、8世紀から10世紀のアラブ人の襲撃の際は、再び地下都市の役目が増大しトンネルも拡張されたと考えられるようです。

色々調べてみると、地下都市の説の中には「核戦争」に備えた「核シェルターであった」というものまであり、なかなかおもしろいですよ。^^

カッパドキアの奇岩群はどうやってできた?自然の神秘と地下都市の謎|まとめ

以上、

世界遺産「カッパドキア」はどんな町?奇岩群など見どころ・・・についてのブログ記事でした。

ではでは。


天は赤い河のほとり 篠原千絵



最後までお読みいただきありがとうございました。

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はれうさぎポン子(プロフィール)


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